2026年7月10日
はじめに
こんにちは、院長の吉川です。
乳房痛は乳腺外科外来を受診されるきっかけとして非常に多い症状で、
「乳房が痛いけれど、乳がんではないか心配…」
このような不安を感じて受診される患者さんは少なくありません。
今回は、その乳房痛が起こるメカニズムや、原因の疾患についてお話しし、最後は乳房痛と乳がんとの関係についてもご説明したいと思います
乳房痛の発生メカニズム
乳房痛の多くは良性疾患によるものです。また、「乳がんは痛くない」というイメージが広く知られていますが、実際には一部の乳がんは痛みを契機に発見されます1)
【乳腺症】
乳房痛の最も多い原因で、女性ホルモンの影響によって乳腺にさまざまな良性の変化が起こった状態です。乳腺が張ったり、一部が硬く感じられたりすることで、女性ホルモンの変動に伴って神経が刺激され、痛みが生じると考えられています。1)
典型的には月経前に痛みが強くなり、月経が始まると軽快しますが、月経と無関係なタイミングや、閉経後に起こることもしばしばあります。
【乳房嚢胞】
嚢胞そのものは通常痛みませんが、急速に大きくなると内圧が上昇し周囲組織や神経を圧迫して痛みを生じます1)。炎症を伴う場合にはさらに強い痛みとなります。
【線維腺腫などの良性腫瘍】
良性腫瘍自体は通常無痛ですが、大きくなってくると周囲組織への圧迫によって疼痛を感じることがあります1)。
【乳房以外が原因の痛み】
肋軟骨炎、肋間神経痛、大胸筋由来の筋痛や、頚椎症などが乳房痛として感じられることも少なくありません1)。
乳がんは本当に痛くない?
乳がんの多くは、神経を刺激することなくゆっくり増殖するため、「痛みのないしこり」として発見されます。
しかし、「乳がんは絶対に痛くない」というのは誤解です。
Preeceらは、乳がん患者240例を調査し、15%の患者では乳房痛が初診時の症状の一つとして存在し、そのうち約7%では乳房痛のみが受診のきっかけであったと報告しています2)。
一見すると、乳房痛は乳がんでよくみられる症状のようにも思えます。しかし、この研究は「乳がん患者」を対象に、「どのような症状で受診したか」を調べた研究です。つまり、「乳がん患者の中には痛みを伴う人が一定数いる」ということを示した研究であり、「乳房痛の患者の多くが乳がんである」という意味ではありません。
一方、ACR(米国放射線学会)の適切性基準 (Appropriateness Criteria®)では、「乳房痛を主訴として受診した患者」のうち乳がんが見つかる頻度は0~3%と報告されています3)。
つまり、
・乳がん患者の中には、痛みを伴う人も一定数存在する
・しかし、乳房痛で受診する患者さんの大部分は良性疾患である
ということであり、この二つの結果は矛盾しているわけではありません。
また、Preeceらの研究は1982年に行われたもので、当時はデジタルマンモグラフィや高分解能超音波、MRIなどが普及しておらず、現在とは診断技術が大きく異なります。そのため、現在の診療ではACRの適切性基準の数字の方が実臨床に近いと考えられます。
このように、乳房痛の原因の大部分は良性疾患であり、乳房痛だけで乳がんである可能性は高くありません。しかし、乳房痛を主訴として来院される患者さんのうち、1~2%程度の割合で乳がんが見つかるという報告もあり4)、「痛いから乳がんではない」と自己判断することもできません。
以上の研究結果を総合すると、「乳房痛だけで乳がんの可能性は高くありませんが、痛みがあるから乳がんではないとも言えない」というのが、現在の医学的な考え方です。
乳がんで痛みが出る理由
乳がんで痛みが生じる仕組みは一つではありません。腫瘍が周囲の組織へ広がったり、炎症を伴ったり、神経の近くに存在したり、神経へ及んだりすると痛みが生じることがあります。また、腫瘍の周囲にむくみ(浮腫)が起こることでも痛みを感じることがあります。
患者さんへのメッセージ
乳房痛のほとんどは乳腺症や嚢胞などの良性疾患によるものです。
しかし、
・片側だけの痛み
・同じ場所が続けて痛む
・しこりを伴う
・月経と無関係に続く
・新たに出現した痛み
では、一度乳腺専門医による診察と画像検査を受けることをおすすめします。
当院では、乳房痛で受診された患者さんに対して、「痛みがあるから大丈夫」「痛みがあるから危険」と単純に判断することはありません。痛みの部位や性質、月経との関連、診察所見、超音波検査や必要に応じたマンモグラフィ検査を組み合わせ、痛みの原因を一つひとつ確認しながら診断を進めています。乳房痛が続くと「乳がんではないか」と強い不安を感じる方も少なくありません。しかし、痛みの原因は乳腺症などの良性疾患であることがほとんどです。不安を抱えたまま過ごすよりも、一度乳腺専門医の診察を受けて原因を確認することが安心への近道になります。
参考文献
1)Ader DN,et.al. Cyclical mastalgia: prevalence and associated health and behavioral factors. J Psychosom Obstet Gynaecol. 2001 Jun;22(2):71-6.
doi: 10.3109/01674820109049956.
2)Preece PE, et.al. Importance of mastalgia in operable breast cancer. Br Med J (Clin Res Ed). 1982 May 1;284(6325):1299-300.
doi: 10.1136/bmj.284.6325.1299.
3)Holbrook AI,et al. ACR Appropriateness Criteria® Breast Pain. J Am Coll Radiol. 2018;15(11S):S276-S282.
doi:10.1016/j.jacr.2018.09.014.
4) Smallwood JA, et.al. Mastalgia; is this commonly associated with operable breast cancer? Ann R Coll Surg Engl. 1986 Sep;68(5):262-3.
【記事監修者】
よしかわ乳腺クリニック 院長
吉川 勝広(よしかわ かつひろ)
医学博士、日本乳癌学会認定乳腺専門医、日本超音波医学会認定超音波専門医